
「あの~、いつも何か音が、聞こえるんです。」
まさか・・・天の声では。当院では幻聴、幻覚を天の声と呼んでいる。
「どんな音ですか?」
「ブーンとかキーンとか、ですけど、」
ああ、良かった。普通の症状だ。
「いつから?」
「2~3週間ぐらいですか・・・」
よく来ている患者なのに・・・・
「前回どうして言わなかったの?」
「悪いところがあまり多くて申し訳なくって・・・。」
最近はだいぶ具合が悪そうだ。無理をしているのかな?
「それに忙しくって」
「お父さんも具合が悪いしね。」
「はい。」
梗塞の後遺症でご主人の具合が良くない。仕方が無いか?
「疲れとストレスでしょう。チョット、うつ伏せになってね。」
「あの~何かブーンと言っている、あれ何ですか? 音止めてください。」
何のことだろう?今は機械も止まっているし、冷蔵庫も・・・

「ピーとかウーとか・・」
「えっ、あの音楽のことですか?」
ここは治療院だから、静かな音楽しか鳴らさない。曲もゆったりした、シンセサイザーの曲だ・・・
「これでも、五月蝿いですか?」
「ええ、頭が痛くなってきて、めまいが・・・」
CDをすぐ止める。
「よほどのストレスですね~。無理して働いてるんでしょう。」
「お父さんが働けないし・・・」
「夜もあんまり寝てないんです。」
「大丈夫、必ず良くなります。今日は寝れますよ。」
「ハイこれで横を向いてね。」
背部と横の治療が終わる。
「あ!!やっと普通に聞こえる。吐き気もなくなってる。嬉しい。」
「今は治っていますが、無理をすると、本当の病気になりますよ。養生が一番ですよ。」
「私が働かないと食べて行けないんです。」
・・・短き紐の端切るが如し・・・・よく言ったものだ。
「そうですね、我々庶民は誰も守ってくれない。食べるのが精一杯の世の中ですね。」
「この前、お父さんが梗塞になったときも施術代が無くて、止めたんです。」
確かにそうだった。
「アハハ・・今度なったら放っとくか、一緒に死ぬかです。」
「・・・・・・」

「大丈夫ですよ。世の中そんなに捨てたモンじゃないですよ。それに助成制度も有りますし。」
言った後で気がついた。助成制度なんて殆ど役に立たない。この人たちはどうなるのだろう?
「今回だって、死んでいたかも知れない位だって、言われたんです。」
「じゃ、ここへは、来なくていいから“毎日お灸”をしたら、実験でも手と足にお灸をすると“頭の血管を広げる酵素”が何倍にも増えるって、分かっていますよ、ご主人は普通とは逆に、お灸は怖くないのだし。」
ご主人は怖くて、発作の時しか来ないのだ。
「今度発病したら、僕では無理かもしれませんしね。」
「そんな事言わないで・・・」
実際かなり、動脈硬化は進行しているのだ。次はどこで治療しても難しい。